出沢のお蚕さん

先日、出沢地区で蚕を育てている様子を見学させていただきました。

見せていただいた蚕は、5月の頭に購入したもので、約一ヶ月飼育した状態でした。最初は緑がかった色をしていた蚕が、黄色味が出て透き通ってきます(この状態を「熟蚕」というそうです)。すると糸を吐く状態になっていくので、「山」という繭を作る格子状の枠に移していきます。

 

糸を吐いている蚕をお盆に載せて「山」に移します

見学に行った日は、滝本さんと山本さんが作業をしていました。見学しながらお話を伺いました。

「蔟(まぶし)」とよばれる格子状の枠に蚕が入っているか確認しています

戦後、出沢集落では養蚕が盛んになり、当時は20軒ほどの家でお蚕を飼っていたそうです。蚕の餌となる桑畑もたくさんあり、一年に3回から4回、繭を納めていたのだとか。まだ寒い時期の飼育では、毎日蚕の顔を見て(観察して)、寒さで弱らないように、家の中に掘ってある炉で炭火を焚いて温めたそうです。「それこそ『お蚕様』と敬って接したもんだよ」と滝本さんのお母様(御年94歳!)からもお話を伺うことができました。

今では「蚕室(さんしつ)」は出沢でもここ一軒だけ(海野さん)となっています。今年も様々な作業を行い、繭を作り、田原で行われる「糸繰り神事」を経て、伊勢神宮に奉納されます。作業されていた方々も大方作業工程が済んで、安堵の表情を浮かべていました。

見学させていただいて、作業場の雰囲気も、作業のひとつひとつにも、「神聖」な空気を感じました。歴史ある出沢の養蚕。「絶やしてほしくないけど時代が変わっていくで仕方ないね~」というお母様の言葉が耳に残っています。

左から山本さん、滝本さん、刈谷から自由研究の調べもののために来ていたご家族

この日は刈谷から、自由研究のテーマに養蚕を選んだという小学生が、家族で見学に来ていました。私の知人でも、個人的に海野さんに教えを請い、お蚕を飼っている女性が何人かいます。「産業」としては衰退してしまった養蚕ですが、こうした若い人がまた違った形で継承していくのかな…と感じました。

2022.7.5 記事作成 星洋輔(横川)、写真 関原香緒里(出沢)

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