学ぼう
前回は2022年10月9日旧門谷小学校で行われた、ギフトエコノミー体験型イベント 廻(めぐ)る世界の物語、略してめぐせかの主催者 伊藤美智子さん、牟田仁美さん、廣田由美さんのインタビューをお伝えしました。その2では、めぐせかの発案者、廣田由美さんのこのイベントを始めたきっかけなどをお伝えします。
ギフトエコノミーとは贈与経済を意味します。3回目となる今回は総勢272名で体験しました。この規模でやっているところは日本でも珍しいそうです。
インタビューに答えてくださった方
廣田由美さん 設楽町在住 芸術家 ギフトエコノミー体験型イベント 廻る世界の物語の発案者
廣田由美さん(以下由美さん) きっかけはもともと、私が…どっから喋ればいいのかな。長く喋ってもいい感じにまとめてくださいね。じゃあしゃべります。
児童虐待サバイバー、大人になっても経済的貧困がまとわりつく
由美さん 私は児童虐待サバイバーということからスタートしています。大人になって世の中に出てもそんな状況だと、経済的に貧困ということを経験して、基本的に生きてるのがつらい。自殺未遂というのを人生で何回かしていて。それで日本人の死因統計をずっと見てきてて、自殺が日本人の40代までの死因トップというのは当たり前という現実をずっと生きてきてた。そういう話しを誰かにしたときに全然知らない人の方が多くて、私にとっては、とても衝撃だった。こんなにいっぱい死んでるのに。
自死って、個人的な問題って捉えられがちだけど、その後ろに沢山の環境要因があって、社会の仕組みを学べば学ぶほど、これって社会問題だなと思った。私も一歩違ったらそっち側に行ってたから、ずっと自分の心の中に自殺問題というのがあって。死因の上位に自死がくるのが四十代までってことはきっと若い時にもってた苦しさを抱えたまま生きて来たんじゃないかって。もちろん30、40代で、立場ができて苦しくなって亡くなる方もいると思うけど、少なくとも10代20代の苦しみを抱えたまんまの人たちが大人になってんじゃないのかなって、自分がそうだったから思ったのを覚えています。
自殺の原因は経済的貧困が引き起こしている
由美さん 色んな社会問題を学ぶうちに、自殺の原因に経済的貧困がかなりの割合で関わっているな、ということに気づきました。
関原 待ってください、経済的貧困の方が、虐待されて育ってきた苦しみよりも直接の自殺の原因ということですか?
由美さん あくまで、私の中でさまざまな社会問題、社会システムを学んだ時に、原因としてかなりウエイトを占めていると感じたという話しです。正直、虐待されているという環境から脱出出来たからと言って、すぐに心身の不調が無くなるというわけではありません。
虐待されて受けた心身の傷が原因となって、社会に出る時点で複数の障害や病気を抱えていたり、他者とうまくコミュニケーションを取れないこと(自己信頼が出来ていないことによって他者を信頼出来ないなど)や、血縁者から直接的な援助が手に入らないことなど、色んな要因から仕事を長く続けるのが難しかったり、相談先をうまく見つけられず相対的貧困になりやすいといった土壌があります。
多くの場合、虐待を受けてきた人間は精神疾患を抱えることになりますが、そのケアに膨大な時間と費用がかかり、基本的な生活費に上乗せして医療費がかかる。生きるということに対するコストが高いんです。その割に身体はついてこない、という状況に置かれる人も多い。
先が見えない状況ほど人をすり減らすものはありません。
芸術家として表現したい世界
由美さん こんな環境だったので、私はいつも『生きる』と『死ぬ』の間にいて、生きるってなんだろうと自分に問い、考え続けていたように思います。そしてその問いに対するその時々の答えを『表現すること』は私が死なないための手段の一つでした。
思い切り世界を呪う作品を創ったこともありますし、復讐劇のような作品を書いたこともあります。自分自身が諦めないようにと鼓舞した作品もあったし、私とはなんなのかを描いたものも創りました。
たくさんの作品を創って来た先で、めぐせかを思いついたのは、自分が生きたいと思う世界ってどんなだろう?という問いを立てていた時でした。
合作の絵本の原画
私の表現のテーマ 命の価値は命にのみ付随する
由美さん 最初にこのイベントの原型になる、自分の持っているスキルと欲しいものとを交換するというものを考えました。例えば、仁美ちゃんが整体するからみっちゃんのケーキちょうだい、というような感じ。どうしてこんな物々交換のようなイベントを作ろうとしたかというと、今の社会はお金(価格)に重きが置かれすぎていて、本来大切なのは『価値』(実体あるもの)だよね、ということを訴えたかったんです。
私の表現活動の全体に通ずるテーマで、『命の価値は命にのみ付随する』というものがあるので。
コロナ禍で価値の転換をした人も多いと思う
由美さん ただそれをやろうとした当時は2019年。今でこそ、コロナ禍を経て本当に大切なことってなんだろう?って考えた方も多いと思うんですが、当時は御恩ある方に相談したとき、多分由美さんの伝えたいことは伝わらないと思うと言われて。「それは前衛的すぎるから今の日本人には受け入れてもらうのが難しいかもしれないね」と言われました。
自分の持っているもので欲しいものが手に入る、というイベントをやったとしても、いかに自分が得をするか、というところに焦点が当たってしまうのではないか、とアドバイスをいただきました。
例えば、鉛筆一本持ってきて、みっちゃんのケーキと交換してと言われたら、私の伝えたいことは全然届いていない訳です。自分の考えていることを人に伝える難しさを感じましたね。
アメリカ発カルマキッチン あなたの分の支払いは済んでいる
由美さん その時にご意見くれた方が、ギフトエコノミーって考え方があって、それがもしかしたら由美さんがやりたいことに近い世界じゃないかと言ってくださって。そこからひたすらギフトエコノミーやカルマキッチンについて調べました。ギフトエコノミーは、アメリカで経済学の概念として始まりました。
提唱者のニップン・メッタ氏はカルマキッチンという飲食店の形態で、この社会実験を始めました。大雑把な説明は、食事を注文します。注文者は食事をいただきます。その後、値段が記された紙を渡されますが、そこには『支払いはすでにあなたの前に食事をした方が済ませています。あなたも同じように誰かにギフトしたいと思ったらギフトを置いていくことが出来ます』と書かれています。ここでいうギフトとは、食事代をお金で置いてく、サービス提供者として給仕を行う、皿洗いをする、店内掃除をする、食材を提供する、などその人が提供できることを指します。
まずは自分が受取ることのハードルの高さ
由美さん あ、確かにまずは自分がギフトを受取るのが大前提って素敵だなと思いました。受け取るって自分に受取ってもいい価値があると思ってないと、できない。でもその当時私は今よりもさらに自己受容感が低かったので、まず受け取るってすげぇハードル高いじゃんって。受取るが先に来るっていうのがいいコンセプトだなって思いました。受け取った後、じゃあ自分がどうしたいか、で何かを置いていける。強要されていることではなく、置いていかないという選択肢もある。事実カルマキッチンが始まった当時、みんなタダ飯と勘違いして、お金を払わない人もたくさんいたそうです。でも続けていったらようやくコンセプトを理解して、あるときはっと気づいたらしく、何回も無料で食べていった人もお掃除していったり。気づくタイミングって人それぞれで、もしかしたら最後までタダでご飯を食べれるところと思ったままの人もいるかもしれないけど、気づいた人からギフトしていくその循環でちゃんと経営が成り立ったということに感動しました。
人って与えたい生き物
由美さん やっぱり人って与えたい生き物だから、ちゃんと自分がまず受け取る。人から贈り物をされている、その価値が自分にあると感じて、それを受け取ったら自分も与えたいと思うんだなって再確認しました。
それが私の言う『命の価値は命に付随している』。
ちゃんと自分の持っているものでほしいものは手に入るんだよっていうことを伝えるのに入り口の入り口としてギフトエコノミーはすごくわかりやすいんじゃないかと思いました。私には、最終的にもっと別の世界が見えていますが、まずはこれを伝えて広げていくことからだ、と思えました。
今の日本人は、お金の価値を上に置きすぎてる
由美さん そこから、ギフトエコノミーの考え方を取り入れつつ、私が感じている日本人の課題ともすり合わせていきました。今、日本人の抱えている課題としてお金の価値をなによりも上に置きすぎている、というお話しをしました。そして、そのことに無自覚であることが、この課題をスローペースにしていると感じたんです。ですから、日頃の自分のお金の使い方を意識する、という体験を提供するために、めぐせかではあえてギフト出来るものをお金だけに縛りました。
贈られることが大前提
由美さん ギフトエコノミーのお金の使い方って、いまの等価交換と違って、贈られることが大前提。
自然にあるものは誰も見返りを求めていない。太陽は照らした代金を払えと言わないし、雨は降らせたから水代よこせって言わない。自然の中では『対価』という考えは違和感がある。ただ次へと贈られていくだけ。お金も同じように、ただ次の人へと贈られていったら、色んな社会問題は解決するって思うんです。お金も元々はただの交換物という道具だったはずなので。
気づくために普段と違うことをあえてする
由美さん お金はただの道具、と言われてもなかなか、それって体感しづらいですよね。私達は、子供のころからお金は大事にしなさいって言われて育ってるし。
だけど本来『価値』があるのは、そこに存在する商品やサービスなど『実体のあるもの』なんです。普段の生活では、大抵のものに『値段(価格)』が付けられていて、私達はそれを価値と誤解してしまいがちです。本当は、価値ってなんなのか。自分が大切にしているものは『価値(実体)』なのか『価格(お金)』なのか。
めぐせかでは『価値』を自分で決めて『価格』をつけてギフトする、という普段とは違う体験をすることで、参加者さんが自分の中に自然と問いを持てるように設計しています。
お金のない国 使える物は自分の信用や信頼 あなただからいいよ
関原 わかりました…。
由美さん 説明になりました?
関原 私がわかるところだけ、まとめます(笑)
由美さん 究極的には長島龍人さんがお話ししてくれたお金のない国みたいなのを、夢見てるんです。その方が穏やかに生きられる人が増えると思っているから。
お金がなくて、一体どうやって自分が欲しいものを手に入れるの?って思うかもしれないけど、その時に使えるものは自分のもっている信用とか信頼。あなただからいいよって提供しあう世界です。
お金はその信用や信頼を築く時間や労力を短縮してくれる便利な道具だと思うけれど、あくまで道具だから使い方を意識していないとお金を得ることが目的の人生になってしまう。
私は、人って、幸せだなあって思える日々を過ごすために生まれてきていると思ってます。そして、その幸せを感じる方法の一つに『人と人との繋がり』がある。人は人と繋がると安心感を覚えます。その安心感は生きていく上で重要な土台になる感情なんです。私は、自分自身が感じている生きづらさが、この自分と他者、自分と世界の繋がりを感じられないことに起因していることに気づきました。そして、それは私だけでなく多くの人もなんとなく感じていると言うことを知りました。めぐせかは、その繋がりを少しでも体感してもらい、こういう世界もあるよ、と提示している場所なんです。
めぐせかはお金によって上下関係がついてない世界 だから安心する
由美さん それを実際に体感して貰えたから、参加してくださった皆さんが「なんかあったかくて良かったです」と口々に仰って下さったのだと思います。
あの空間に存在していたお金によって上下関係がついたりしないとか、競争させられていないという、安心感が色んな形で伝わったんだと思うんです。
ギフトエコノミーという信頼関係、あなたもきっと次の人に回してくれるよねって言うゆるっとした繋がりの中に自分がいるって感じるから、安心するんじゃないかな。
めぐせかは1日しかできないけれど
人間ってひとのあいだと書くので、人と人とが繋がってないと生きていけないと思ってるんです。だけど、色んな理由でその繋がりをうまく築けない人もいる。私は大丈夫って思ってる人も、何かの拍子に出来なくなるかもしれない。
だから私は、自分自身が考える生きやすい世界の体現として、繋がりを感じやすい世界を創りたい。当たり前のように使っている『お金』と言う存在で、その繋がりを意識出来たらって思うんです。
めぐせかはイベントだから1日しか出来ないけれど、参加してくれた人が日常の中で1回でもこの体験を思い出して、そういえばあんなお金の使い方があったなって他の場所で実践してくれたら、この繋がりを感じる世界が広がって行くと思ってます。
あとがき
このイベントとインタビューから半年が経ち、ギフトブースで参加した、あるきにすとの榎本さんと振り返ることがありました。ペイフォワード、恩送り、次の世代へ贈る。これって由美ちゃんがめぐせかで体験させてくれたことかねと。参加しているときは、なんだろう?と感じながらでしたが、体験したことは体感として残り、少しずつ私たちに気づきをもたらします。
半歩先の未来が見えている人はいると思いますが、由美さんは、いろんな形で人に見せることができます。伝わらなければ何度でも方法を変え、賛同してくれる人がいます。そして、共同主催者の牟田仁美さん、伊藤美智子さんも自分たちの想いをどんどん発信していました。
私は貧困を経験したことがありません。想像力が追い付かず、由美さんの話をすぐに呑み込めませんでした。社会問題への自分の無関心さが怖いとも思いました。それなのにお金について漠然とした不安をもっていました。そこに重きを置きすぎていたと思います。それでも人は、知って経験することで変われるという3人の話に期待を持ちたい。その視点でみれば、今回のめぐせかでお世話になった方、提供したもの以上のお金を次の方へギフトをして行った方に会い、繋がりのなかで生きている安心感を受け取りました。随時情報発信をされているので、興味のある方はぜひご覧ください。
インスタグラム
廣田由美さん sorairoenishi_cat
牟田仁美さん muta_hitomi
伊藤美智子さん miki_kobo_sweets
写真提供 関澤義文さん
取材日 2022年10月10日
取材、文 関原香緒里